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新型コロナウイルス(COVID-19)の特徴
アルコール濃度と新型コロナウイルスの関係を調べる前に、コロナウイルスの特徴をみてみます。なぜかというと、新型コロナウイルスに対して調べた研究は、当然、まだ発表されていません。似たような構造をもつウイルスに対する研究が、新型コロナウイルスにも当てはまると考えられるからです。
新型コロナウイルスはプラス鎖一本鎖RNAウイルス
まず、ウイルスが、どのような構造なのか見ていきます。
ウイルスには、DNAウイルスとRNAウイルスがあるのですが、新型コロナウイルスは、RNAウイルスになります。
さらに、RNAウイルスは、二本鎖RNAウイルス(dsRNA)と一本鎖RNAウイルスに分けられ、さらに、一本鎖RNAウイルスには、一本鎖プラス鎖RNAウイルス(+鎖型)、一本鎖マイナス鎖RNAウイルス(−鎖型)があります。新型コロナウイルスは、一本鎖プラス鎖RNAウイルスになります。
一本鎖マイナス鎖RNAウイルスと一本鎖プラス鎖RNAウイルスとは?
ちなみに、プラス鎖のRNAウイルスは、中のRNAがそのまま使われて、ウイルスが増えていきます。(もう少し詳しく書くと、ゲノムRNAがそのままmRNAとして使われるということです。)
それに対して、マイナス鎖RNAウイルスの中のRNAは、そのまま、増えることはできません。酵素によって、一度、プラス鎖になってから、増えていきます。(こちらも、もう少し詳しく書くと、マイナス鎖のゲノムRNAは、mRNAとして機能できず、RNA依存性RNAポリメラーゼによって、いったんプラス鎖に転写されるということです。)
一本鎖プラス鎖RNAウイルスのなかま
この一本鎖プラス鎖RNAウイルスには、ピコルナウイルス科のポリオウイルスやコクサッキーウイルス、A型肝炎ウイルス、カリシウイルス科のノロウイルス、トガウイスル科の風疹ウイルス、フラビウイルス科の黄熱ウイルス、デング熱ウイルス、ジカウイルス、西ナイルウイルス、C型肝炎ウイルスなど、多くの疾病の原因となるウイルスが含まれています。
ちなみに、インフルエンザウイルスは、麻疹ウイルス、エボラウイルス、狂犬病ウイルスなどと同じ一本鎖マイナス鎖RNAウイルスになります。
一本鎖プラス鎖RNAウイルスの構造
新型コロナウイルスのなかまの、一本鎖プラス鎖RNAウイルスは、脂質二重膜のエンベロープの中に、プラス鎖の一本鎖RNAのゲノムがある構造をしています。
アルコールはエンベロープに作用する
アルコールのウイルスに対する消毒作用は、濃度によって機序が違うようではあるのですが、70%程度だとウイルスのエンベロープを壊して失活させるようです。
ちなみに、インフルエンザウイルスなど一本鎖マイナス鎖RNAウイルスもエンベロープを持ちます。エンベロープに作用する消毒方法なら、一緒にインフルエンザウイルスも消毒できることになります。
界面活性剤も、エンベロープに作用して消毒できると言われています。
新型コロナウイルスは、未知のウイルスではあるが、同種のウイルスに効果がある消毒方法なら有効の可能性
似たウイルスを失活させる効果があるのであれば、新型コロナウイルスが、よほど特殊な特徴を持つのでなければ、その消毒方法が有効と考えられます。
今回は、ウイルスに対してアルコール濃度がどのように作用するのかという文献をいくつか探してみました。(面倒だったので、日本語のみで………)
厚労省:60%以上のアルコールでも手指消毒用に使用可
令和2年4月22日に、厚生労働省から都道府県に向けて、手指消毒用として、60%台のエタノールを使用しても差し支えない旨の事務連絡がありました。
新型コロナウイルスに対して、60vol%台のエタノールによる 消毒でも一定の有効性があると考えられる報告等があることを踏まえ、 70vol%以上のエタノールが入手困難な場合には、手指消毒用として、60% 台のエタノールを使用しても差し支えないこと
http://www.hospital.or.jp/pdf/15_20200422_02.pdf#search=%27%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%AB%E6%BF%83%E5%BA%A6+%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%B9%27
新型コロナウイルスに対する消毒に、アルコール濃度70%以上を推奨していた厚労省ですが、現在、医療機関を含めて、一般では、70%以上のアルコールが手に入りにくくなっています。その為の措置のようですが、実際に「60%台のアルコールでも有効性があると考えられる報告」があるようですね。
新型コロナウイルス消毒のためのアルコールは40%が最強か!(乾燥条件)
アルコール濃度が高ければ高い方が良いわけではない
昭和56年という古い文献ですが、感染症学雑誌 第55巻に『アルコール類のウイルス不活化作用に関する研究 エタノール消毒における生体試料の影響』というのがありました。
この文献によると、アルコール濃度が高ければ高い方が良いという訳ではないようですね。
この文献では、「効果的な消毒は、対象の水分やウイルスの種類に応じたエタノール濃度の選択が必要」とまとめてありました。
乾燥血清中のウイルスには、高濃度のエタノールによる不活化効果は低く、99.5%エ タノールには殆どウイルス不活化作用は認められなかった。しかしこの条件下においても70-80%エタノールのウイルス不活化効果は最強ではなく、乾燥血清中のNDVおよびワクチニアウイルスは40~60%エタノールによって最も高い不活化効果が示された。
http://journal.kansensho.or.jp/kansensho/backnumber/fulltext/55/367-372.pdf#search=%27%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%AB%E6%BF%83%E5%BA%A6+%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%B9%27
最も効果的な消毒が要求される場合には、被消毒物件の水分およびウイルスの種類に応じたエタノール濃度の選択が必要と思われる。
上記の実験で使われているNDVは、一本鎖マイナス鎖RNAウイルスで、先にも書きましたが、インフルエンザウイルス・麻疹ウイルスなどのなかまです。
新型コロナウイルスは、プラス鎖RNAウイルスですので同じではないですが、エンベロープを持つという意味では共通です。
また、もう一つのワクチニアウイルスは、ポックスウイルス科のDNAウイルスですが、エンベロープを持っているという意味では、新型コロナウイルスの構造に似ています。
乾燥条件:新型コロナウイルス消毒に最強なのはアルコール濃度40%~60%
上記の文献によると、乾燥しているウイルスには、99.5%という超高濃度のエタノールは効果がないんですね。この様な結果があるから、高濃度のアルコールの場合は、薄めて使うように言われているんですよね。
でも、意外だったのは、現在消毒に推奨されている70~80%エタノールが最強ではなく、それよりも低い濃度の40~60%が最も効果があるという点です。
さらに、この文献の引用には、乾燥喀痰中の結核菌の話になりますが、50%エタノールが最強であったと書いてありました。
Smith(1947)は、乾燥喀痰中においては50%エタノールが最強であることを述 べている。
Smith, C. R.: Alcohol as a disinfectant against the tubercle bacillus. Public Health Rept., 62: 1285-1295, 1949.
アルコール濃度40%が最強!30%と70%での違いがない!
上では簡単に結論だけを見てきましたが、具体的な結果も見てみましょう。
最も高い不活化効果を示されるエタノール濃度は、
NDNは、10秒感作では40%、30秒感作では50%、
ワクチニアウイルスでは、10秒感作では40%、30秒感作では50~60%であり、
30秒感作では、いずれのウイルスも検出限界以下に感染価は低下した。
70~80%エタノールによっ ては、10秒感作ではいずれのウイルスにも感染価 の低下はみられず………
感染症学雑誌 第55巻
乾燥したものを、10秒で消毒するなら40%が最強という結果ですね。モノの表面を消毒して30秒くらい置くのなら、50%が良いという結果ですね。逆に、短時間なら、70-80%エタノールは効果が薄いってことですね。
さらに、データをみてみると、10秒感作では、40%が最強ですが、30%と50~70%に効果の差はありません。30秒感作でも、30%と70%に差がありません。
医療機関での使用はできないとは思いますが、家庭における気休め程度の消毒なら、30%程度の商品でも、ある程度の効果を期待できるかもしれません。ふき取る効果もありますし、界面活性剤など他の成分による効果も期待できますよね。
どうして消毒の推奨が70%以上のアルコールとなっているの?
70%アルコールは最強の濃度ではない
先の実験から、40%アルコールが、ウイルスの消毒に一番良いというかというとそうではありません。40%が最強になる条件は、あくまでも乾燥した検体に対する場合です。含水の状態だと、より高濃度のアルコールが効果的です。
先の文献には、以下のようにまとめられていました。
現実には、被消毒物件に付着する微生物の種類及び含水状態の不明な場合が多いことから、あらゆる条件に対応するための便宜的な濃度として、70~80%の使用を否定するものではないが、この濃度は含水、乾燥いずれの条件下においても最強の殺ウイルス濃度ではないことを強調しておきたい。
感染症学雑誌 第55巻 http://journal.kansensho.or.jp/kansensho/backnumber/fulltext/55/367-372.pdf#search=%27%E3%82%A2%E3%83%AB%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%AB%E6%BF%83%E5%BA%A6+%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%82%B9%27
乾燥でも、含水の条件のどちらも、70%アルコールは最強でないのです!
消毒用アルコールが70%の理由
それでは、どうして推奨のアルコール濃度は70%となるのでしょうか?
日本薬局法の消毒用エタノールは、76~81%の濃度が決められています。
その日本薬局法によれば、この濃度になった理由の一つは、皮膚に対する刺激や脱脂等の副作用を避けるためだそうです。
その日本薬局法で、アルコール濃度を70%に規定する根拠としてあげられた論文があるようです。でも、その論文でも70%が最強となっていないようです。上記の文献と同じで、さらに高濃度である90%エタノールの方がより効果があるという結果のようです。つまり、副作用を無視できる条件なら、70%ではなく、より高濃度のアルコールの方が効果があるようです。
つまり、70%となっている理由は、以下のようなことを考えて決定されているようです。
- 副作用を避けるため
- 乾燥条件下だと、40~50%が最強で、逆に、高濃度だと効果が薄い
- 含水の条件では、高濃度の方が効果的
- どのような条件で使うかわからないため、乾燥や含水のどちらでも効果があるようになっている
効果的な消毒は、対象の水分やウイルスの種類に応じたエタノール濃度の選択が必要
つまり、本気で消毒を考えるなら、湿った喀痰などが付いている可能性があるモノの消毒なら、より高濃度の方が効果的だし、乾燥しているなら、40%で良いということになりますね。
先の文献にもあったように、「効果的な消毒は対象の水分やウイルスの種類に応じたエタノール濃度の選択が必要」になります。
まとめ
アルコールが品薄の現在、家庭で乾燥したドアの取っ手を拭くくらいなら、40%アルコールで良いということになりますね。場合によっては、30%程度の商品でも良いかもしれません。
手指の消毒は、乾燥していれば、40%でも良さそうですが、含水の条件が多そうなので、厚労省の言うように、妥協しても60%アルコールを使った方が良いということになりそうです。
ただ、最も重要なのは、手指の場合、石鹸での手洗いです。正しく手洗いすれば、アルコール消毒しなくてもコロナウイルスはなくなります。アルコール消毒は、あくまでも洗えない時や補助的な役割と思った方が良さそうです。