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5月12日は看護の日~近代看護を築いたナイチンゲールの誕生日

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看護の日
       

5月12日は看護の日~近代看護を築いたナイチンゲールの誕生日

次の土曜日の5月12日は、「看護の日」です。

本部をジュネーブに置く国際看護師協会は、1965年から、5月12日を「国際看護師の日」に定めています。

日本では、1990年に旧厚生省により制定されています。

「看護の日」のイベント

看護の日には、各地の病院や看護学校などで、イベントが開催されます。
例えば、2018年5月6日~6月29日の間、日本看護協会ビル3階のJNAプラザでは、特別展示が開催され、「忘れられない看護エピソード」受賞20作品と、ナースウェアの歴史に関する展示があります。
5月6~11日の間には、子どもナースウェア試着体験も実施しているようです。

「看護の日」制定の趣旨

「看護の日」制定の趣旨は、高齢社会を支えていくために、「看護の心」「ケアの心」「助け合いの心」を、私たち一人一人が共有することが必要で、こうした心を、誰もが育むきっかけとなるようにと定められたものです。
老若男女問わず、こうした心を持つ必要が、これからの高齢化社会には必要なのです。

どうして5月12日が看護の日なの?

5月12日は、フローレンス・ナイチンゲールの誕生日なのです。
ナイチンゲールは、近代看護を築いた女性です。

フローレンス・ナイチンゲールとは?

ナイチンゲールの伝記は、誰もが読んだことがあると思います。
子供の頃、なんだかいけない名前のような気がしていたナイチンゲール、かなり失礼ですが…
そんなナイチンゲールの復習です。

フローレンス・ナイチンゲール(Florence Nightingale)は、1820年5月12日にトスカーナ大公国の首都フィレンツェで生まれました。
フローレンスという名前は、このフィレンツェからきています。

裕福な家庭であったため、英才教育を受けました。
しかし、慈善訪問で貧しい農民の悲惨な生活を見るうちに、人々に奉仕する仕事に就きたいと考えるようになりました。

1851年、ナイチンゲールが31才の時に、ドイツの病院付学園施設カイゼルスベルト学園に滞在して、3ヵ月間看護婦としての専門的教育を受けました。
英国に戻った後も独学で病院管理や衛生学を学び、33歳でロンドンのハーレイ・ストリートにある慈善病院に就職し、婦人病院長となりました。

当時、看護婦は、病院で病人の世話をする単なる召使として見られており、専門知識の必要がない職業と考えられていた時代でしたが、ナイチンゲールは、専門的教育を施した看護婦の必要性を訴えていました。

1854年にクリミア戦争が勃発しました。
このクリミア戦争は、ジャーナリストが戦場に行った戦争でもあり、ロンドンタイムスに、クリミア戦争の前線における負傷兵の扱いが悲惨な状況となっているかが伝えられていました。

国防相シドニー・ハーバートの依頼で、ナイチンゲールは野戦病院へと赴くことになります。
ナイチンゲールは、野戦病院で約2年間過ごしました。
この間に、病院内を衛生的に保つなどして、死亡率を低下させました。
ナイチンゲールの数学的知識や社交界の人脈が生きたようです。

ただ、実は、ナイチンゲールが看護師として奉仕したのは、クリミア戦争従軍時の2年間と戦前の数年の間だけなのです。
ナイチンゲールは、37歳(1857年)の時に心臓発作で倒れてしまい、その後は慢性疲労症候群と考えられる虚脱状態に悩まされ、死去するまでの約50年間は、ほとんどベッドの上で過ごしていたとのことです。

でも、献身の象徴的イメージが強いナイチンゲールが、実は、数年の看護師生活だったとは、びっくりですね。
ちなみに、献身の象徴のイメージは、従軍時に、「クリミアの天使」とも呼ばれていたことや、夜回りを欠かさず「ランプの貴婦人」からきたようですね。
ちなみに、今日、看護師を「白衣の天使」と呼ぶのは、ナイチンゲールに由来すると言われています。

本人は快く思ってなかったようですが、ナイチンゲールは、クリミア戦争を通じて、政治的に有名になっていったようです。
米国統計協会はナイチンゲールを名誉会員にするなど、統計の分野でも有名なようです。

戦時中に作られたナイチンゲール基金が45000ポンドに達すると、聖トーマス病院(現キングス・カレッジ・ロンドン)内にナイチンゲール看護学校がつくられれました。
現在、聖トーマス病院には、ナイチンゲール博物館があります。
ロンドンに行ったときには、是非、行ってみたいですね。

思いのほか、ナイチンゲールの社会的背景が複雑で、ナイチンゲール本人の活動も政治的なため、まとめるのが難しく、なんだか中途半端なナイチンゲールのまとめでした。
単純に、献身的に野戦病院で看護し、それを世に知らしめたとすれば良かったのかもしれませんが・・・
看護の日に合わせて、図書館でナイチンゲールの伝記を借りてこようかと思います!

   
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